MC Mystie & friends『VIBRATION』(QAZZ-003)
¥3,080(税込)
大手がやらないような、ちょっとマニアックなジャズを録りたくて設立した「Qazz」のレコード第三弾はライブ録音。東京は赤坂にある「Bフラット」という老舗のライブハウスにコロナ禍という騒動にもかかわらず100名近くのお客様に来ていただき、異例なほど熱狂したライブとなった。
元はと言えば、2020年8月1日、石田が主催する出版記念パーティ(岡本弥子著『幸せ舞いこみまくり!7日間「かみさま」おそうじ』)を盛り上げるために、石田所縁のミュージシャンに声をかけたのがきっかけ。そのパーティがやたらと楽しく、演奏も素晴らしかった。せっかくなので、このメンバーで録音しましょう、やるならスタジオじゃなくてライブがいいと思います、という感じで集まったレコーディングライブだったわけだ。
メンバーはボーカルがMC Mystie(鳥居史子、通称ふまさん)、ピアノがQazz第一弾『おみずさま』でも吹き込んだ阿部篤志、ドラムは福岡から榊孝仁、ベースは芹澤薫樹、クラリネット・サックスはQazz第二弾『ひとりごと』の土井徳浩、そして今回のライブで初参加のフランペット(後述)は高見浩之。名だたる名手揃いだけに、様々なギグで顔を合わせることもあるようだが、このメンバー一同はこの日が初めて。リハーサルも本番3時間前に集まって流した程度の、割と即席のバンドではあった。いわゆるジャズスタンダードに限定されない、「よくわからない曲」などもありながら、実に見事なパフォーマンスとなった。時にハラハラするような勢いや臨場感もライブの魅力だ。
タイトルを『VIBRATION』としたのは、特に深い意味があるわけでなく、なんとなく「波動だから」ってニュアンス。選曲はほぼすべて石田によるもので、ジャズ初心者向けのスタンダードを中心に、即興なども。当日はアンコール合わせて12曲やり、そこから9曲を収録。入れ替えなしの2ステージ。本アルバムの曲順はライブのまんま。
初っ端はスタンダードの『On a slow boat to China』でSonny RollinsやPhil Woodsの演奏が有名。この曲が作曲された当時、アメリカから中国ははるか遠く、そこまで鈍行船に乗るつもりでゆっくりとあなたのハートをゲットするよってラブソング。村上春樹の短編集にもあった。スロウボートと言いながら、割とアップテンポで演奏されることが多く、恋もできるなら早いにこしたことないって心の表れかもしれない。今回もややアップテンポで、アレンジは本アルバム全体を通して杉山正明による。中華風なピアノのイントロに始まり、奇をてらうことない正統派のハードバップ。ピアノトリオにテナーサックスとトランペットの二管編成。正確にはトランペットではなく「フランペット(Flumpet)」と呼ばれる珍しい楽器で、トランペットとフリューゲルホーンの長所を活かした楽器とのこと。Art Farmerのために考案されたそうで、高見も普段から愛奏している。なかなか変わった音色で面白い。土井のテナーは乾いた音でかなりモダンなフレーズを奏でる。
二曲目はこれまた大スタンダードの『You’d be so nice to come home to』で大橋巨泉により「帰ってくれたら嬉しいわ」との邦題が付いているようだが今や誤訳と知られている。最後の「to」がなければそれでいいのだが、正確には「It would be so nice to come home to you」で、「あなたのところに帰りたい」が本来の意味。帰るのは「あなた」ではなく「わたし」なのだ。この曲の決定版はなんと言っても1955年に録音された『Helen Merrill with Clifford Brown』が有名で、日本のCMにも起用されていたので、誰もが耳にした曲だと思う。Helen Merrillのアンニュイな歌声もステキだが、やっぱりClifford Brownのソロが白眉。最初から書かれたかのような完璧なアドリブで、高見も冒頭はそのソロを引用している。MC Mystieの安定感あるボーカルも抜群だ。
次の『On a clear day』はボーカルとピアノのデュオで実にスウィンギー。阿部のかっちりした伴奏に軽快なボーカルが乗り、テーマからピアノのソロが続く。再びボーカルが入ると、なんと即興の日本語で歌われ、最後は原曲通りの英語で締めくくる。MC Mystieは若き日に本場アメリカでブラックミュージックの洗礼を受け、普段はラップやヒップホップを主戦場に活躍しているが、ジャズも完全に日本人離れしている。なんせ「MC Mystie」の名付け親がテナーサックス奏者のJoe Hendersonであると聞き驚いた。
次は1stステージ最後、『おみずさま』ってオリジナル曲だ。Qazz第一弾のタイトルチューンでもあり、そこではピアノとシンセにより演奏されているが、本ライブでは全員参加。文字通り「水」をイメージした世界観で杉山の作曲による。小節線もない四分音符と八分音符だけのシンプルな譜面であるが、情報量は決して少なくない。水の滴るようなピアノに始まり、単純な上昇フレーズにリズムとクラリネット、フランペットが乗りかかる。ボーカルはなんと「倭祝詞(やまとのりと)」を被せ、その実、MC Mystieは諏訪大社や明治神宮にも奉納する本職の神子(巫女)でもあるのだ。ちなみにリハもほとんどせず、ぶっつけ本番である。書かれた譜面を消化すると、突然、ドラムがファンクのリズムを刻み、テナーとペット二管によるフリーインプロビゼーション、からの日本語と英語を交えたラップ合戦が始まる。進化したジャズだ。Miles Davis後期のような雰囲気もある。二管のフリーキーなトーンがたまらない。
2ndステージ最初の『All the things you are』は二管とピアノトリオによる純粋モダンジャズ。お馴染みのイントロからテーマ、テナーサックス、フランペットとソロが続くが、ピアノはさらに長くコーラスをとり、
どんどん悪ノリ(いい意味で)、弾け倒す。普段は端正な芹澤のベースソロも、感化されたのかかなり熱い。Charlie Parkerを始め、ほとんどすべてのミュージシャンに取り上げられ、名盤・名演も枚挙に暇がないが、本演奏は個々人の技量はもちろんその熱量と即興性、即時性において、歴史的名演と言って差し支えないのでは、と30年来のジャズマニアの石田が言う。なお、本ライブはどちらかと言うと普段はジャズを聴かないようなお客様が中心であったが、それだけにライブ全体を通してちょっとあり得ないレベルで温度が上がっていた。
『You go to my head』も大スタンダードであるが、どちらかと言うとボーカリストに好まれる。意外にもMC Mystieはまともにライブで歌ったのは初めてとのこと。土井の美しいクラリネットが彩を添える。
次はMC Mystieにおまかせのアカペラで、直前まで何を歌うか本人も知らない。10月31日はちょうど満月だったので、月にちなんだナンバー。と言えば、一般知名度も高い『Fly me to the moon』と来るのは割と順当だ。「お月様に私を連れてって、雲より高く、天の川の向こうへ~」とテーマから日本語でワンコーラス。指でリズムと取りつつ英語へ引き継ぎ、ホーンライクなスキャットに移ったかと思ったら、ランニングベースを模しニヤリとさせる。私を月まで連れてって。言い換えるとI LOVE YOU。夏目漱石が「月がきれいですね」と邦訳したのは有名な逸話だ。「愛してる」なんてベッドの中のセリフだから。
『Misty』はピアニストErroll Garnerが霧の中を飛行する機内で思いついて書いた美しいナンバー。後にJohnny Burkeによって歌詞が付けられ、Sarah VaughanやElla Fitzgeraldなどボーカルでの名盤も多く残している。MC Mystieの名もまさにこの曲に由来するそうで、Joe Hendersonの前で歌ったとき、そのように名づけられ、Mistyという形容詞ではなく名詞風にMystieと名乗るようになったとのこと。もちろんMC Mystieにとって十八番である。今回はピアノ、クラリネットのみ従え、リハなし、行き当たりばったり、ピアノのシンプルなアルペジオの上に静かに歌い始め、クラリネットは自由に絡みつく。テーマを歌い終わったら、突然、ラッパーMC Mystieの真骨頂、
即興ポエムが展開する。恋の唄。インストの二人はポエムの内容をくみ取り、背景を組み立て、3人による創作ドラマが展開した。時に阿部のピアノは「ボーカル泣かせ」と言われることがあると聞く。伴奏があまりにも素晴らしすぎて、歌い手は泣かずにいられないのだと。この日のMC Mystieも例ではなかった。
ラストはこの2月9日に79歳の生涯を閉じたChick Coreaの代表作『Spain』で幕を閉じる。イントロにRodrigoの『アランフエス協奏曲』の第二楽章の旋律が用いられるからか、ギタリストによる名演が多いが、あらゆる編成で演奏される有名曲である。冒頭はMC Mystieによるスペイン語の語りに始まり、イントロは土井のクラリネットが担当する。ピアノの合図でお馴染みのテーマ、リフが開始され、ソロはMC Mystieのボーカル、そしてスペイン語によるラップ!高見のフランペット、土井のテナーサックス、さらに阿部のピアノ&スキャットへと受け継がれ、盛り上がりも最高潮に向かう。なんと会場は総立ちとなり、ジャズライブとして異例も異例、お客様が一斉にダンスを始めてしまった!100名近くの密空間、コロナ禍のご時世にまさに異世界の如しであったが、幸いクラスターは発生しなかった。CDからのぜひこの空気を感じ取ってほしい。
なお、生憎と収録から外れてしまったが、この日はスタンダードの『Alfie』、アンコールとして話題のシンガー藤井風による『帰ろう』、さらにその場のリクエストでモダンジャズの名曲『Moanin’』が演奏された。Moanin’ではボーカルも参加し、英語と日本語それぞれ即興の歌詞が付けられた。CDには未収録であるが、ぜひYouTubeの方で楽しんでいただきたい。
最後に各ミュージシャンとの出会いについて。MC MystieとはとあるコミュニティFMの収録で出会った。石田がその番組に出演するのは二度目だったが、主催者はMC Mystieにも打診をしており、なんとダブルブッキングをしてしまっていたのだ。予定を組んでしまったものは仕方ない。その日は石田とMC Mystieによるダブルゲストでお届けすることに。初めて楽屋でお会いしたとき、いきなりジャズの話になり意気投合。本職の巫女さんでありながら、ジャズシンガー。気が合わないはずはない。その2か月後には石田企画の異色ライブを開催したもので、まさに「導き」としか思えないわけだ。
ドラムの榊孝仁は、石田と同じ福岡在住。20年ほど前、石田は行きつけのライブハウス『New Combo』に日野皓正氏のグループを聴きに行ったとき、終盤、日野氏の手招きで飛び入りしたのが榊だった。まだ10代だったと思う。イケメンでドラム上手くて、けしからんとその時は思ったが、あれから20年、音楽とは無関係な共通の知人を介してとあるバーで再会した。もっとも、石田が一方的に知っていただけだが、これまたすぐに意気投合。これまた「導き」なのだ。
クラリネットの土井徳浩は母校PL学園の中高の後輩。石田が中3から高3まで吹奏楽部で一緒だったが、
当初はトランペットを選択していた土井は中3でクラリネットに転向。メキメキと上達する。昔から口数の少ない男ではあるが、楽器を手にするとやたら饒舌になる。もちろん「音」で。Qazzの第二弾『ひとりごと』では文字通りソロ(ひとり)で果敢に吹き込んだが、さすがの腕前である。
ピアノの阿部篤志もQazzの第一弾『おみずさま』でソロを吹き込んだが、きっかけは土井からの紹介による。ジャズ初心者向けライブを石田が企画した際、トラディショナルからフリーまでいけるピアニストとして阿部を指名したのだ。素晴らしい腕前ですっかりファンになり、石田のYouTubeのジングル、BGMの大半は阿部のピアノによる。
ベースの芹澤薫樹はプロデューサーの杉山正明の紹介による。そもそも杉山は石田の本業(スピリチュアル系の講演、著書など)に興味を持たれ知り合ったのだが、音楽家であることを知ったのはずいぶん後のことだった。杉山と音楽の仕事をするようになり、腕前は確かで人間性も素晴らしい(ここ大事)ベーシストとしてご紹介いただいた。ベーシストとしても一流であるが、実はQazzのCDのエンジニアリングも担当している。
ラッパの高見浩之とはこの日が初対面。MC Mystieから是非にと推薦され、もちろん「導き」を信条とする石田は快諾。言うまでもなく痺れる演奏で、おかげ様でその夜は石田好みのハードバップが蘇ったが、実はフリーな演奏にこそ高見の本質があると見た。またどこかでご一緒することだろう。
(石田久二)
1.On a slow boat to China(Frank Loesser)
2.You’d be so nice to come home to (Cole Porter)
3.On a clear day(Burton Lane/Alan Jay)
4.おみずさま(杉山正明)
5.All the things you are(Jerome Kern)
6.You go to my head (Fred Coots/Haven Gillespie)
7.Fly me to the moon(Bart Howard)
8.Misty(Erroll Garner/Johnny Burke)
9.Spain(Chick Corea・Joaquin Rodrigo)
MC Mystie(鳥居史子)/Vocal(2~4,6~9)
阿部篤志/Piano(1~6,8,9)
榊孝仁/Drums(1,2,4~6,9)
芹澤薫樹/Bass(1,2,4~6,9)
土井徳浩/Clarinet・Sax(1,4~6,8,9)
高見浩之/Flumpet(1,2,4,5,9)
杉山正明/監督・編曲
石田久二/企画
レーベル:QAZZ
企画:石田久二
制作:株式会社フロムミュージック
発売元:まるいひと株式会社